24巻 第1号 2010年4月


巻頭言

    信頼社会の実現に向けて

                     平松雄一 1

研究論文
Research papers

    改正土壌汚染対策法と土壌汚染に関する会計処理

    
Accounting Procedure about Soil Pollution and the Revised Soil Pollution
      Countermeasure Act

張 夏玉… 3
Haok CHANG       
 

    脆弱性対策教育のためのeラーニングシステムの開発と評価

    
Development and Evaluation of an e-Learning System for Vulnerability
      Countermeasures Education

竹下数明、小林偉昭、佐々木良一…17
Kazuaki TAKESHITA, Hideaki KOBAYASHI and Ryoichi SASAKI      
 

 

解説
Commentaries

    ITリスク学の現状と研究会活動

    
Present Situation of IT Risk Science and Activities of Its Related Study Group

佐々木良一、千葉寛之…27
Ryoichi SASAKI and Hiroyuki CHIBA      

 

辻井重男セキュリティ学生論文賞受賞論文
Prize-winning Paper

   デジタル教材の著作権管理に関する研究

   ―新電子教科書プロジェクト―

    
Attempt to be Established ofForensics Investigation

直人、石井夏生利、辻 秀典、田中英彦…39
Naoto MINAMOTO, Kaori ISHII, Hidenori TSUJI and Hidehiko TANAKA      

 

ニュースレター
Newsletter

………………………………………………47

 


 改正土壌汚染対策法と土壌汚染に関する会計処理

 Accounting Procedure about Soil Pollution and the Revised Soil Pollution
      Countermeasure Act

 専修大学大学院 商学研究科        張 夏玉

 Doctoral Graduate of Commerce, Senshu University  Haok CHANG

要 旨

本稿の目的は、第1に改正土壌汚染対策法を概観し、その特徴と問題点を明らかにすること、第2に土壌汚染に関する会計処理について明らかにすることである。
  土壌汚染対策法の問題点は多く指摘されており、とくに近年は都心部の再開発や
ISO認証取得などを契機とした、法に基づかない自主的調査の結果として土壌汚染の発生が増加している。その状況を踏まえて、平成214月に改正土壌汚染対策法が公布されている。
  今回の改正では、自主調査における報告義務が新設され、汚染状況を把握するための制度の拡充が図られている。また、掘削除去に偏重している現状を改善すべく、都道府県知事が実施対策を指示する規定も追加されている。
  
ころで、土壌汚染が判明すると土地の市場価格が低下するとともに、多額の浄化費用を要する。したがって、土壌汚染に関する会計処理は、(1)適正な資産評価(2)浄化費用の負債計上という2つの観点から検討しなければならない。現在の会計基準では(1)減損会計、(2)偶発負債および引当金、(3)資産除去債務に関する会計基準が土壌汚染に深く関連している。日米および国際財務報告基準における各会計基準を検討した結果、土壌汚染については「偶発負債および引当処理」が最も適切であることが明らかとなった。
  
偶発負債および引当処理は、(1)有形固定資産の取得(2)経営活動に伴う汚染の蓄積とその低減措置(3)汚染の発生および浄化義務の発生という一連のプロセスに十分対応できるものである。
  
しかしながら、適正な資産評価を行うためには利用阻害や風評被害による損失計上と時の経過によるこれらの回復額を戻し入れなければならない。また、負債総額の注記開示や引当金名称の明確化など改善すべきこともある。

 

キーワード

 改正土壌汚染対策法、原因者負担の原則、減損会計、偶発負債および引当金、資産除去債務、国際財務報告基準、資産負債両建処理

 

1.はじめに

土壌汚染が典型7公害に指定されたのは、1970年に公害対策基本法が改正されたときである。そこから30年以上経過した20025月に土壌汚染対策法(以下、旧土対法)が制定された。これにより、市街地に対する土壌汚染対策が可能となった。

現在、日本とIASBでは偶発負債および引当金に関する会計基準の改正が行われており、今後の動向が注目される。

 

 受付日:200942日)
 (受理日:
201017日)

著者略歴

張 夏玉(Haok Chang
 明海大学経済学部非常勤講師。韓国(全羅南道新安郡長山島)出身。サムスン電子、陸軍を経て平成10年(1998年)来日。平成17年(2005年)専修大学 商学部会計学科卒業。

  研究分野は環境報告会計、財務会計、経営分析。当学会環境マネジメント研究会所属。

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脆弱性対策教育のためのeラーニングシステムの開発と評価

Development and Evaluation of an e-Learning System for Vulnerability
      Countermeasures Education

東京電機大学  竹  下  数  明

Tokyo Denki University   Kazuaki TAKESHITA

独立行政法人情報処理推進機構  小  林  偉  昭

Information Technology Promotion Agency, Japan   Hideaki KOBAYASHI

東京電機大学  佐々木  良  一

Tokyo Denki University         Ryoichi SASAKI

要 旨

  ウェブに対するSQLインジェクションやクロスサイト・スクリプティングなどの脆弱性を悪用した攻撃が増加している.著者らは先にこれらの攻撃に対するセキュリティ意識の向上のための教育コンテンツを開発してきた.しかし,適切な対応のためには意識付けだけではなく,不正の仕組みや防止策も学習する必要がある.適切な防止策を理解するためには攻撃方法の理解が不可欠であると考え,米国で開発されたWebGoatという体験型セキュリティ教育システムと組み合わせたウェブサイト制作者向け脆弱性対策eラーニングシステムとコンテンツを開発し,学習効果を測定した.その結果,eラーニングに実践的な擬似攻撃システムを導入することで,従来に比べて脆弱性の理解などが高まることを確認した.

 

キーワード

 セキュリティ教育,脆弱性,eラーニング,WebGoat

 

1. はじめに

近年,ウェブに対するSQLインジェクションやクロスサイト・スクリプティング(以後XSSと称する)などの脆弱性を悪用した攻撃が増加している.独立行政法人情報処理推進機構(以後IPAと称する)のソフトウェア等の脆弱性関連情報に関する届出状況[1]によると,IPAに報告された脆弱性届出件数は2007年に約1700件であったが,2009年には約5800件にまで増加している.近年はウェブサイトに関する届出が減少傾向にあるが,届出全体の83%を占めており,依然として高い水準を示している.そのため,各ウェブサイト制作者はウェブに対する脆弱性の確認と対策の実施を行う必要があるが,脆弱性の修正状況は非常に低く,脆弱性の具体的な対策を知っている人も少ない.

  そこで著者らは先にウェブの利用者やコンテンツ作成者など一般向けに「脆弱性を悪用した攻撃がいかに甚大であるかを認知させ,セキュリティ意識の向上を目指す」ことを目的とするサウンドノベル形式のゲームによる教育コンテンツ「安全なウェブサイト運営入門」[2]を開発した.

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ITリスク学の現状と研究会活動

Present Situation of IT Risk Science and Activities of Its Related Study Group

東京電機大学  佐々木  良  一

Tokyo Denki University     Ryoichi SASAKI

日立製作所   千  葉  寛  之

 Hitachi Ltd.       Hiroyuki CHIBA

要 旨

社会のITシステムへの依存の増大に伴い,ITシステム関連の安全の問題を従来の「情報セキュリティ」の概念だけで扱うのは無理な時代になっていると考えられる.このため,著者らはこのような問題を「ITリスク」の問題として広く捉え,そのための学問を「ITリスク学」と名づけ研究することとした.また,この「ITリスク学」の発展のために,日本セキュリティ・マネジメント学会の中に「ITリスク学研究会」を20085月に設立し,活動を続けてきた.本稿では,なぜ,「ITリスク」という概念や,「ITリスク学」という学問が必要であると考えたかについて述べた後,ITリスク学の現状ならびにITリスク学研究会の活動状況と,今後の展開について報告する.

 

キーワード

 ITリスク,リスクコミュニケーション,リスクマネジメント,ITリスク学,研究会活動

 

1. はじめに

インターネットなどITシステムの発展に伴い社会のITシステムへの依存は大幅に増大してきている.このためITシステム関連の安全の問題を従来の「情報セキュリティ」の概念だけで扱うのは無理な時代になっている.すなわち,ITシステムの安全性は,意図的な不正だけでなく,天災や故障やヒューマンエラーのような偶発的な障害も対象とし,Security以外に,ReliabilityPrivacyAvailabilitySafetyUsabilityなども考慮する必要があると考えられる.このため,著者らはこのような問題を「ITリスク」の問題として広く捉え,その解決のための学問を「ITリスク学」と名づけることとした.また,このITリスク学の発展のために,日本セキュリティ・マネジメント学会の中に「ITリスク学研究会」を20085月に設立し,活動を行ってきた.

本稿では,なぜ,「ITリスク」という概念や,「ITリスク学」という学問が必要であると考えたかについて述べた後,ITリスク学の現状ならびにITリスク学研究会の活動状況と,今後の展開について記述する.

 

2. ITリスク学の必要性

2.1 情報セキュリティからITリスクへ

ITシステムの安全性への脅威には,(a)意図的な不正と,(b)天災や故障やヒューマンエラーのような偶発的な障害があり,セキュリティは主に(a)の意図的な不正を扱ってきた.一方,社会のITシステムへの依存度が高まり,ITシステムの障害が,社会活動に大変な影響を与えるようになって来た.したがって,ユーザから見ると,意図的不正であろうと,偶発的障害であろうとその影響は同じように大きく,対策を総合的に行っていく要求が高まっている.

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デジタル教材の著作権管理に関する研究

   ―新電子教科書プロジェクト―

 Attempt to be Established ofForensics Investigation

情報セキュリティ大学院大学   源     直   人

  Institute of Information Security     Naoto MINAMOTO

情報セキュリティ大学院大学   石 井 夏 生 利

  Institute of Information Security                    Kaori ISHII

情報セキュリティ大学院大学     田  中  英  彦

Institute of Information Security       Hidehiko TANAKA

株式会社 情報技研     辻     秀   典

Institute of Information Technology, Inc.              Hidenori TSUJI

要 旨

情報セキュリティ大学院大学では,デジタル時代の新しい教科書の姿を考えるべく,「新電子教科書」のプロジェクトを立ち上げた.新電子教科書は,大学等教育機関の授業で利用される教材コンテンツをデジタル化し,著作権処理後に有償で提供するものである.必要に応じて迅速かつ動的に内容が更新でき,複数のコンテンツ間で柔軟な利用が可能,収益を各製作者に適切に還元できるものを目指した.また,教材という性質上,人気のあるコンテンツだけが製作されることが無いように配慮した.

 引用については,引用の要件判断の難しさや著作権者への許諾取得の煩わしさという問題があるが,新電子教科書内では申請さえすれば,自由に他者のコンテンツを利用できることにする.

 本稿ではまず,既存のデジタル教材について紹介し,運用上の問題点について述べる.次に新電子教科書で適用する「利用料」と「引用」の考え方を紹介し,新たな「著作権料の分配方法」の提案について述べる([i]).また,外部の著作物を利用する場合の権利処理方法や権利処理支援ツール構築の提案を行う([ii])



 

([i]) 源直人,石井夏生利,辻秀典,田中英彦「デジタル教材の著作権料分配方法の提案−新電子教科書プロジェクト−」,情報処理学会研究報告Vol.2009-EIP-44 No.1(2009)

([ii]) 源直人,石井夏生利,辻秀典,田中英彦:デジタル教材の著作権管理に関する研究−新電子教科書プロジェクト−, コンピュータセキュリティシンポジウム2009論文集pp709-714 (2009)

 

キーワード

 デジタル教材,新電子教科書,著作権,引用

 

1.既存のデジタル教材

 既存のデジタル教材には,商用または教育目的のeラーニング教材がある.有償の場合,その課金形態は教材単位で課金するもの,または月額利用料のように定額課金するものがある.

一方,マサチューセッツ工科大学(MIT)の「オープンコースウェア(OCW)」([i])に代表される,教材をWeb上で無償公開する動きが近年注目を集めている.MITでは20104月現在,約1,900コースを無償公開している([ii]).日本でも2006年に「日本オープンコースウェアコンソーシアム(JOCW)」([iii])が設立され20104月現在,23の大学がコンテンツの無償公開を行っている.

 OCW, JOCWなどの無償の教材提供(オープンエデュケーショナルリソース:OER)は教育機関の「プレゼンスの向上」と「社会貢献」が目的であり,利用者からも「学外への学習機会の提供」といった良い効果がある反面,経済的な継続性の問題([iv])が指摘されている.MIT10年間に全2,000コースのオンラインの教材を作り出すための製作・管理コストは8,500万ドルと推定されている.



([i]) 宮川繁,高木和子訳「1年を経たMITのオープンコースウェア」,情報管理,Vol.46, No.12, pp797-803 (2006)

([ii])  MIT Opencourseware   http://ocw.mit.edu

([iii])  Japan Opencourseware Consortium

    http://www.jocw.jp

([iv]) 小林登志生監訳「無償の知識供与 オープンエデュケーショナルリソース(OER)の出現(OECDによるOER最終調査報告書) NIME技術報告,40 (2008)

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