2021年6月 吉日

開会あいさつ

        辻井賞運営員会委員長、日本セキュリティ・マネジメント学会会長 大木榮二郎

(大木榮二郎)

 第6回辻井重男セキュリティ論文賞の表彰式を開会いたします。

 辻井重男セキュリティ論文賞は、情報セキュリティ総合科学の発展に多大な貢献をして大きな足跡を残してこられた辻井重男先生から「将来の情報セキュリティ人材育成の為に」との熱い想いと共にいただいた寄付を原資に、情報セキュリティ関連の団体の協力を仰ぎ、学生に限らず広く若手の研究者や実務家の、情報セキュリティの技術とマネジメントに係わる優れた論文を募り表彰するものです。2008年から7年間の学生論文賞を経て、2015年に現在の論文賞に衣替えをして、今回で第6回となりました。この間、多くの方々にこの賞の運営に多大なご協力をいただきましたこと、あらためて御礼申し上げます。

 前回に引き続き、今回も新型コロナ感染症(COVID-19)によりWebでの表彰式の開催になりました事、残念でありますがご理解をいただきたいと思います。

 第6回辻井重男セキュリティ論文賞に11件のご応募をいただきました。内訳は、学術研究論文10件、実務課題論文1件でありました。審査は、20名の審査委員により1次審査と2次審査に分けて行われ、辻井重男セキュリティ論文賞大賞1件、同特別賞3件、さらに同優秀賞2件が選定されました。

 この表彰式では、上記6件の表彰をおこないます。

辻井先生のお言葉

                              辻井重男先生

 論文賞を受賞された皆様、本当におめでとうございます。また、ご応募頂いた皆様、有難うございました。連日のように、DX(デジタルトランスフォーメーション)が話題になっていますが、サイバーセキュリティはその基盤です。自由の拡大と共に様々な矛盾が増大するのは歴史の法則ですが、コロナ騒動の中で、働き方の自由度等が増す一方、公共的安全性と個人の権利・プライバシーとの相克などが深刻な課題になっています。セキュリティ分野は、技術、法制度、倫理・行動規範などから成り立っていますが、セキュリティ・マネジメントは、これらを総合的に統括して、利便性・効率性の向上、公共性・安全性、そして個人の権利という、互いに矛盾相克し勝ちな3つの価値を同時に高めること、即ち、三止揚を図るという、大変難しく、また、やり甲斐のある大事な使命を持っています。会員の皆様のご健勝とご活躍を切に願っております。

(大木榮二郎)

辻井先生、ありがとうございました。

それでは表彰に移ります。

  大賞                

(大木榮二郎)

第五回辻井賞大賞受賞者は、NTT セキュアプラットフォーム研究所の渡邉 卓弥さんです。大賞の表彰状に賞金10万円を添えて贈呈いたします。

おめでとうございます。

論文題目は、「Melting Pot of Origins: Compromising the Intermediary Web Services that Rehost Websites」で、塩治 榮太朗さん、秋山 満昭さん、森 達哉さんとの共同執筆です。

(渡邉 卓弥)

この度は栄誉ある賞を賜り誠にありがとうございます。本論文は、異なるウェブサイトを同一のドメインに再配置する特性を持つWebリホスティングに共通するセキュリティ問題を提起したものです。実サービスに働きかけることで設計改善を促進し、ユーザの安全性を向上させることができました。この取り組みは、各事業者やJPCERT様の多大なご協力があって実現したものでした。今後とも、攻撃者に先んじて脅威の芽を摘むオフェンシブセキュリティ研究に邁進したいと存じます。

(審査講評)

本論文は、Webプロキシ、Web翻訳、WebアーカイブなどのWebリホスティングサービスにおけるセキュリティ上の欠陥について論じた学術論文である。具体的には、Webリホスティングサービスに内在するセキュリティ上の欠陥を洗い出して5種類の攻撃が可能であることを示し、実際にWeb空間を探索して広く利用されている21のWebリホスティングサービスのうち18については攻撃が成功しうることを示している。さらに、その防御法についても提示するとともに、サービス提供者への対応策の提示にまで至っている。Webリホスティングサービスを実際に広く探索してその実態を明らかにしている点で新規性は高く、さらにサービス提供者へ対応策を提示できている点も加えて有用性も高い。論文は丁寧に構成され、論拠の提示や実証も十分なされており、信頼性も高い。また、本論文は、トップカンファレンスのNDSS(The Network and Distributed System Security Symposium)に採択されただけでなく、Distinguished Paper Awardを受賞している点も注目に値する。以上から、本論文は辻井重男セキュリティ論文賞大賞にふさわしい。

  特別賞                

(大木榮二郎)

第6回辻井賞の特別賞は受賞者が三名です。

最初の方は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所の勝又秀一さんです。特別賞の表彰状に賞金2万円を添えて贈呈いたします。

おめでとうございます。

論文題目は、「Scalable Ciphertext Compression Techniques for Post-Quantum KEMs and their Applications」で、Kris Kwiatkowskiさん、Federico Pintoreさん、Thomas Prestさんとの共同執筆となっています。

(勝又 秀一)

この度は辻井重男セキュリティ論文賞特別賞受賞の栄誉にあずかり、大変光栄です。本研究では、複数の受信者に同じ平文を送る設定においては、NISTの耐量子暗号標準化最終候補の暗号宇文サイズを大幅に削減できる手法を提案し、現在標準化が進むセキュアメッセージングプロトコル(MLS)の通信コストの削減に成功しました。本受賞を励みに今後も引き続き実務課題の解決に向けた研究に一層邁進していきたいと思います。

(審査講評)

量子計算機に関連する研究は、現在のIT分野における最重要分野の一つである。とくに情報セキュリティにおいては、量子計算機が本格的に実用化されても安全な暗号(耐量子暗号)は必ずタイムリーに実用化しなければならない基幹技術である。しかし、その標準化活動において、暗号文サイズの大きさが実用上の問題点として注目されている。本論文は、同じ平文を複数のユーザーに送る設定において、耐量子暗号標準化で評価の高い暗号の暗号文サイズを大幅に削減する手法を提案し、その有効性を理論的評価および実装評価によって示している。さらなる応用可能性も深く考察した論文であり、理論的な完成度の高さと実用的な応用の広がり、波及効果の観点から、特別賞に相応しい。

(大木榮二郎)

2番目の方は、北陸先端科学技術大学院大学 情報科学系の Yuntao Wangさんです。特別賞の表彰状に賞金2万円を添えて贈呈いたします。

おめでとうございます。

論文題目は、「One Sample Ring-LWE with Rounding and Its Application to Key Exchange」で、共同執筆者は、Jintai Dingさん、Xinwei Gaoさん、Tsuyoshi Takagiさんとなっています。

(Yuntao Wang)

今回、このような輝かしい論文賞を頂戴いたしまして誠にありがとうございます。論文賞審査委員会、および共著者の皆様に深く感謝申し上げます。格子暗号は量子計算機の時代にも安全に利用できると考えられ、次世代暗号の有力的候補の一つとして標準化を進められています。受賞論文では効率的な格子ベース鍵共有方式を提案しており、次世代暗号の標準化プロジェクトに貢献できると考えております。この賞を励みとし、より一層の研究活動に精進したいと考えております。

(審査講評)

本論文は、耐量子計算機暗号の研究のひとつであり、鍵共有に関わる新たな提案をしている。鍵共有メカニズムとして、Roundingと呼ばれる手法を導入して変形したRing Learning With Errors (RLWE) 問題の困難性にもとづくDiffie–Hellman (DH) 型鍵共有プロトコルを提案しており、新規性が高い。さらにシミュレーションと実装により通信コストを減らすという結果を得るとともに、安全性評価もおこなっており、有用性が高い。さらには、 NIST次世代暗号標準プロジェクト(1stラウンド)に提案した内容であり、主筆者だけでなく共同執筆者もチームとして進めたと思われる成果として信頼性が高い。以上のことから特別賞にふさわしい。

(大木榮二郎)

3番目の方は、株式会社日立製作所 研究開発グループの加賀 陽介さんです。特別賞の表彰状に賞金2万円を添えて贈呈いたします。

おめでとうございます。

論文題目は、「トランザクションの本人性を確認できる分散台帳技術の提案」で、共同執筆者は藤尾 正和さん、長沼 健さん、高橋 健太さん、村上 隆夫さん、大木 哲史さん、そして西垣 正勝さんとなっております。

(加賀 陽介)

この度、辻井重男セキュリティ論文賞特別賞に選出していただき、大変光栄です。ご指導頂いた共著者の皆様、貴重なご意見を頂いた査読者の皆様に深く感謝申し上げます。本論文では、不正取引を防止して信頼性の高い資産管理を実現するため、個人と取引が紐づく新たな分散台帳基盤を考案し、生体認証を使った構成方法を提案しました。本受賞を励みに、より一層の研究とその成果の社会実装に邁進していきたいと思います。

(審査講評)

暗号鍵の不正利用による暗号資産詐取事件が多く発生している現在、本論文は、利用の度に発生する生体情報の揺らぎに影響されず確実に取引を行い、ブロックチェーンの秘密鍵として、秘密鍵には適さないとされる生体情報を用いて本人性を確認できることを論理的に示している点で非常に興味深い実務課題論文である。また、背景や手続きについても丁寧に説明されており、理論的にも優れた論文であると考える。以上のことから本論文は、特別賞に値すると評価できる。 実務課題論文としては、HTDLの本格的な実装や運用についてなど、著者自身がいくつか課題を挙げている点について、論文の分量制限もあったと思うが、実際どのような業務に使用できる可能性があるのか、使用に適しているのかなどの考察がもう少しあれば、より有用な論文になるため、今後も引き続き実務課題の解決に向けた研究を進めていただくことをお願いする。

  優秀賞                

(大木榮二郎)

第6回辻井賞の優秀賞は受賞者が二名です。

最初の方は、東京工業大学/産業技術総合研究所の橋本 啓太郎さんです。優秀賞の表彰状を贈呈いたします。

おめでとうございます。

論文題目は、「An Efficient and Generic Construction for Signal’s Handshake (X3DH): Post-Quantum, State Leakage Secure, and Deniable」で、共同執筆者は、Shuichi Katsumataさん、Kris Kwiatkowskiさん、Thomas Prestさんとなっています。

(橋本 啓太郎)

この度は名誉ある賞を頂戴し、大変光栄に思います。本研究では、全世界で利用されているセキュアメッセージングであるSignalを対象に研究を行い、Signalに適用可能な耐量子認証鍵交換を設計しました。提案方式と既知の結果から、耐量子安全なSignalを実現できます。この賞を励みに今後も研究活動に邁進していきたいと思います。共著者の皆様やご関係の皆様に深くお礼申し上げます。

(審査講評)

本論文は、世界的に利用されているメッセージングプロトコルであるSignalの構成要素であるX3DHを抽象化し、それに対する安全性定義を与えると共に、その定義を満足する方式を鍵カプセル化メカニズムと署名を元に構成している。 この結果は、構成要素に量子安全な方式を採用すれば,既知の結果と合わせて、Signal全体の耐量子化に成功することを意味している。加えて、NIST耐量子暗号標準化候補で提案方式を実装し、通信量と計算コストの面で提案方式が実環境で動作することも確認している。これらの理由により、新規性、有効性、信頼性のいずれにおいても優れており、辻井重男セキュリティ論文賞の優秀賞に相応しい。

(大木榮二郎)

二番目の方は、NTTセキュアプラットフォーム研究所の菊池 亮さんです。優秀賞の表彰状を贈呈いたします。

おめでとうございます。

論文題目は、「Field Extension in Secret-Shared Form and Its Applications to Efficient Secure Computation」で、共同執筆者は、Nuttapong Attrapadungさん、Koki Hamadaさん、Dai Ikarashiさん、Ai Ishidaさん、Takahiro Matsudaさん、Yusuke Sakaiさん、そしてJacob C. N. Schuldtさんとなっております。

(菊池 亮)

この度は栄誉ある賞を頂き、大変光栄に思います。本結果は、性能が課題となっている秘密計算に対し、代数構造の類似性を利用して性能を向上させるもので、現在実用化が進んでいる秘密計算をさらに後押しするものと考えています。本研究を含め、データを安心・安全に活用できる社会に暗号技術を通して貢献できるよう、研究開発を進めていく所存です。最後にこの場を借りて、共著者の皆様や審査委員会の皆様に深くお礼申し上げます。

(審査講評)

秘密計算で扱う有限体の大きさは、計算量や通信量に大きく影響を与えるため小さいことが望ましい。従来、有限体の大きさは処理全体に対して取り得る最大値・最小値を考慮して設定されていたため、一時的に値が極端に増減する操作がある場合、処理全体を通して大きな有限体を扱う必要があった。これに対し本論文は、線形閾値秘密分散においては通信無しに体の拡大が可能であることを示し、有限体の大きさを動的に変更できることを示した。これにより、処理毎に適した大きさの有限体を扱うことができ処理量の削減が可能となる。また、応用例として能動的攻撃者に対して安全な秘密計算プロトコルを示している。 コアのアイデアはシンプルであるものの、効果は高く応用は広範である。秘密計算の実用化に寄与する結果であり、優秀賞に相応しいと評価した。

(大木榮二郎)

以上、第6回辻井重男セキュリティ論文賞では6名の方を表彰いたしました。受賞者の皆さま、あらためておめでとうございます。今後のご活躍を期待いたします。

みなさま、ありがとうございました。これにて第6回辻井重男セキュリティ論文賞のWeb表彰式を終了いたします。